褻の茶という、もうひとつの実験

褻の茶という、もうひとつの実験

なぜ、お茶なのか

「褻の茶(けのちゃ)」というシングルオリジン日本茶のプロジェクトを始めたとき、まわりの人にはずいぶん不思議がられました。農園をやっている人が、どうしてお茶屋を?と。

でも、僕の中ではまっすぐつながっています。農園が「育てて、食べる」場所だとしたら、お茶は「淹れて、語らう」時間。どちらも、人と人がゆっくり向き合うための装置なんです。

ハレではなく、ケの日常に

「褻(け)」は、ハレとケのケ。特別な日ではなく、ふだんの暮らしのことです。お茶って本来、特別なものではなく、日常のすぐそばにあったはず。その日常の一杯を、もう少していねいに楽しめたら、暮らしはちょっと豊かになる。

そんな実験を、これからも続けていきます。